国際交流・留学にすぐには役立ちそうにない教養講座54
ー世界に「日本が存在していてよかった」と思ってもらえる日本に…
No. 54 誰知東帝回春處の「孫文のいた頃」
初春雨中作 廣瀬淡窓
鳥未遷喬花未開 墻陰残雪尚成堆
誰知東帝回春處 却自空濛蕭瑟來
鳥未ダ喬(たか)キニ遷ラズ、花未ダ開カズ 墻陰(しょういん)ノ残雪ナオ堆(うずたか)ク成ル
誰カ知ラン東帝(とうてい)ノ春ヲ回ラス處(ところ)ヲ 却(かえ)ツテ空濛(くうもう)蕭瑟(しょうしつ)トシテ来タルヲ
【廣瀬淡窓・ひろせたんそう】天明2年・1782-安政3年・1856:儒学者、教育者、漢詩人、豊後国日田の人。淡窓は号。
【現代語訳】鳥はまだ喬(たか)い木に移らず、花もまだ開かない。墻(かきね)の陰には、残雪がなおうず高く残っている。(誰が春を司る)「東帝」がどのように春を巡らせているかを知っていようか。(本来初春のはずなのに)その春は、細雨と霧に包まれ、寒々しくやって来るばかりだ。
【語註】空濛(くうもう):空がかすみ、雨や霧に包まれてぼんやりしているさま。蕭瑟(しょうしつ):もの寂しく、冷え冷えとした気配。秋の語としても使われる感情語。
山ふかみ 春ともしらぬ 松の戸に たえだえかかる 雪の玉水 式子内親王(新古今和歌集)
【式子内親王・しきしないしんのう】1149‐1201後白河天皇の第3皇女新三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人
【現代語訳】山の奥深くなので、春になったとも気づかず、(山家の)松の扉に、雪解けの玉のようなしずくが、パラパラと落ちてくる。
倣 和漢朗詠集
さて、この廣瀬淡窓の『初春雨中作』ですが、「春なのに、春であるはずなのに、春であるべきなのに、まだ春が来ない…」という…、私は廣瀬淡窓をほとんど知りませんが、ある意味素朴に「儒学者≒孔子≒理想主義者」の印象が強いので、「まだちゃんと来ない春」は廣瀬淡窓の心象風景でもあるように思えます…。
さて、この詩からミョウなことに思いを馳せてしまいました…。私の大好きな「唱歌」で『早春譜・そうしゅんふ』(大正2年・1913発表・作詞:吉丸一昌、作曲:中田章)があります。或いは、ご存知の方も多いのではと思います。
1.春は名のみの 風の寒さや / 谷のうぐいす 歌は思えど / 時にあらずと 声も立てず
2.氷溶け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ / さては時ぞと 思うあやにく / 今日もきのうも 雪の空
3.春と聞かねば 知らでありしを / 聞けば急かるる 胸の思いを / いかにせよとの この頃か
この歌詞…廣瀬淡窓の『初春雨中作』を読むと、「内容的にほぼ同じよう」に感じてしまい、作詞者を調べてみました。
吉丸一昌(よしまるかずまさ・明治6年1873 – 大正5年1916)は、日本の作詞家、文学者、教育者。代表作は「早春賦」など。東京府立第三中学校教諭、東京音楽学校(現東京芸術大学)教授。大分県北海部郡海添村(現・臼杵市海添)出身。(Wikipedia)
果たして、廣瀬淡窓と同じ豊後(ぶんご・大分県)の出身でした。廣瀬淡窓の塾は有名です。文化14年・1817、現日田市に塾「咸宜園・かんぎえん」を開き、彼の死後明治30年・1897まで存続したといいます。吉丸一昌も豊後出身「第五高等学校(熊本・当時、夏目漱石が教授でいた頃です)を卒業し東京帝国大学国文科に進学。下宿先で〈修養塾〉という私塾を開き、その後生涯に渡り、地方からの苦学生と生活を共にして衣食住から勉学、就職に至るまで世話をした。」(Wikipedia)とあります。ここで詳しく検証する間はないのですが(或いは既に有名な話なのかもしれませんが)…おそらく廣瀬淡窓から影響を受け、淡窓の詩文は当然読んでいたと想像しました。まあ、ふと思い付いた「『早春賦』は『初春雨中作』の本歌取りかな…」説でした。
『山家早春』川合玉堂(かわいぎょくどう・明治6年・1873‐昭和32年・1957)東京富士美術館蔵
川合玉堂も私の好きな画家です。日本の四季山川、そこに暮らす人々の生活風景を描いたものが多いようです。偶然にも吉丸一昌と同年齢でした。夭折した吉丸一昌(43歳没)でしたが川合玉堂は長命(84歳没)でした。青梅市御岳に「玉堂美術館」があり私は何度か訪問しました。また近くには多摩川の源流を挟んで創業元禄15年、銘酒「澤乃井」で有名な小澤酒造もあります。共に訪問お勧めです。
さてこれから本論。
◆これまでの流れと復習
そもそもの発端は、No.39「孫文のいた頃」で取り上げた「国や文化によって異なる時間の概念」を知りたかったのでした。そして、勿論その背後には「日本とは何か?」という大テーマがあり、その一環として「日本の時間観」を探りたいと考えたのでした。そのため、古代ギリシア、キリスト教、古代中国の「時間概念」「歴史観」を比較検討してきました。難題・難問は「華厳・唯識哲学」の「存在=時間=非連続」論でした。振り返れば、これについて2024年11月から1年以上(13回)をかけて、井筒俊彦の『コスモスとアンチコスモスー東洋哲学のために』(1989年・岩波書店)の読書勉強という形式で続けてきました。「華厳」の「相互関連」はある程度理解し易かった気がします。
「すべてのものが無〈自性〉で、それら相互の間には〈自性〉的差異がないのに、しかもそれらが個々別々であるということは、すべてのものが全体的関連においてのみ存在しているということ。つまり、存在は相互関連性そのものなのです。根源的に無〈自性〉である一切の事物の存在は、相互関連的でしかあり得ない。」(「No.44 孫文のいた頃」)
そして前回「No.53 孫文のいた頃」において、上記引用は「存在論」ですが、「存在=時間」ですから、時間も同様、即ち「一切の時間は相互関連的でしかあり得ない」ということになってしまいました。
理解し難い「存在=時間=非連続」でしたが、この「存在=時間」が「相互関係でしかあり得ない」であり、「華厳・唯識」において、我々の「日常経験世界」を構成してくる、その基の阿頼耶識における「種子・しゅうじ」は「刹那滅」・「非連続」であると言います。何故「種子が刹那滅」であるのか?素朴に言い切ってしまえば、その「種子」が「刹那滅」でないと次の「種子」が生れないからなのでしょう。「種子」が刹那滅であるのは、次の種子を生むためであり、無常を破らないためであり、世界を常に新しく生成させるためであるようです。福岡伸一の「動的平衡」(「No.45、46 孫文のいた頃」)も援用して、何となく「非連続」ということも、少しはわかったような気になったのでした。
それにしても、そうであるなら「〈一粒の米〉が〈現在までの宇宙の集約である〉ことはある程度わかりやすいと思います。しかし、〈一粒の米〉が〈未来永劫の宇宙の集約である〉ことをどう理解?したらいいのでしょうか?次回はその辺りから再開したいと思います。今ふと〈現在からしか未来はあり得ない〉したがって〈未来も現在に充満している〉というようには思いましたが。」(「No.53 孫文のいた頃」)(https://www.hskj.jp/column53/)…?
この答えが『有時・うじ』に書かれているのでしょうか…?今回はここから挑戦してみましょう。
◆『正法眼蔵』の時間論『有時・うじ』の章を読む
これまでも、色々な角度から何回か登場していますが、遂に道元『正法眼蔵』の時間論『有時』に対峙します。わずか3,600文字(10.5ポイントの活字でA4・3ページ半)足らず、13世紀に漢文ではなく日本語で書かれた「存在・時間論」です。宜なるかな…これに挑戦するまでに「華厳・唯識哲学」について、私なりの1年以上の予習が必要だったのでした。(つまり「華厳・唯識哲学」のある程度の予習は必須だったのでしょう…。)まあ井筒俊彦先生のおかげです。そしてここからは、ここからも…井筒俊彦先生の『有時』読解を基にした、読書会になります。
「道元の時間論といっても、前節で述べたところによって、その思想的根幹はすでに尽されているのであって、これからの主題は、むしろ、唯識と華厳の練り上げた時間についての、哲学的思想を、道元が、どういう角度から、どう表現していくか、という、主として道元的レトリックの問題となる。とはいえ、道元にはまた、道元ならではの思想的独自性がある。「正法眼蔵」「有時」の巻のテキストを読みながら、彼の時間論的思索の跡を辿ってみよう。」
井筒俊彦『創造不断-東洋的時間意識の元型』「思想」1986年3・4月号岩波書店
『コスモスとアンチコスモスー東洋哲学のために』1989年・岩波書店収録
◆存在=時間:「華厳哲学」における存在論・時間論
これについては散々言及してきましたが、「有時・うじ」も先ずここから始まります。
《いはゆる有時は、時すでに有なり。有はみな時なり》(正法眼蔵・「有時」からはこの色で引用します。)
「時間と存在とが互いに絶対不可分であるという、この根本命題は、やがてもう一歩進んで、存在は時間であるという命題になる。ものがあるということは、時間であるということ。ある一つのもの(A)について、〈Aが存在する〉と言えるなら、当然、〈Aが(Aとして)時する〉とも言える。時間と存在のこの完全同定が、道元のいわゆる〈有時〉である。〈有時〉とは、前にも言ったように、〈有〉即〈時〉、存在・即・時間、を意味する。」(同上)
学生時代に論理学の授業で遠藤弘先生が、何の関連であったか「名詞と動詞」の話をされ、「コップ」は名詞だか、実は目の前に置かれている「コップ」は「コップしているのではないか?」と言われ、衝撃を受けた記憶が蘇りました。
「《山も時なり、海も時なり、時にあらざれば山海あるべからず。山海の而今(じこんorにこん・今)に時あらずとすべからず(今ここに、「現在」性のすべての重みをかけて現前している山海を見て、ただ山と海があると考えてはいけない。それらが、それぞれに時であることを忘れてはいけない)。時もし壊すれば山海も壊す。時もし不壊なれば山海も不壊なり。》
万物の生成躍動する存在世界。それぞれのものが、それぞれに、そのもの本来のあり方を守りつつ(《法位に住して》」)―松は松でありながら、竹は竹でありながら―あたかも波間に躍る魚のように生々と現成している。ものが時するとはそのこと。それを「有時」というのだ。
《住法位の活鱍鱍地*(かっぱつはっち)なる、これ有時なり。》
註【活鱍鱍地】:極めて勢いのよいさま。気力がみちみちて活動してやまぬさま。
では、松は松であり、竹は竹であるというふうに、己れの《法位に住する》ーすなわち、己れの存在論的位置を離れぬ-諸物が、なぜ、そのように「活鱍鱍地」であるのか。それは、それぞれのものが、上述の「事事無礙」=時時無礙の原理によって-《物物の相礙*(そうげ)せざるは、時時の相礙せざるがごとし》と道元は言っている-それぞれのものであることが、例えば松が松であることが、すなわち、同時にあらゆる他のものでもあることだからにほかならない。ただ一物の《有時》(存在・時間)のなかに、宇宙に拡がる一切の「有時」(存在・時間)の全エネルギーが凝集されている。」
註【相礙】:物事の進行を妨げる状況や障害。
(同上)
「事事無礙=時時無礙」、「松が松であることが、すなわち、同時にあらゆる他のものでもあることだからにほかならない。」であるなら、極めて微小ささやかな「私」も「あらゆる他のもの」(全宇宙の歴史も含めた全宇宙)ということになります。
◆存在=時間:「華厳哲学」の「事事無礙論」=「時時無礙論」(縁起)
「事事無礙」は「No.45 孫文のいた頃」での復習になります。

「観想」は、我々日常の「表層意識理解・日常・事①・不空」➡「深層意識理解・空①・無」➡また「表層意識理解」へと戻り➡「理=空②=事②・理事無礙」➡「事②=事②・事事無礙」に至ります。
「理・事無礙・りじむげ」:〈理=空②〉と〈事②〉の間に、無礙=障礙(さまたげ)が無い。透入して、結局…等しい。
「事・事無礙・じじむげ」:〈事②〉と〈事②〉の間に、無礙=障礙(さまたげ)が無い。透入して、結局…等しい。
「すべてのものは、相依相関的に、瞬間ごとに現起する。存在のこの流動的関連性は、無限に延びひろがって、一塵といえどもそれから外れることはない。簡単に言えば、これが〈縁起〉ということです。いちいちのものが、すべてのものにつながっている。このことをイマージュ的に表現するために、一塵起こって全宇宙が動く、などと申します。ただ一個の微塵が、かすかに動いても、その振動は、全体的存在関連の複雑な糸を伝って、宇宙の涯まで伝わっていく、というのです。」(同上)
この「縁起」と前回学習した「相即相入」は大雑把に言えば「事事無礙」の理由であるかと思います。
「相即相入(そうそくそうにゅう)
相即:互いに即する →AはAとして成り立ちながら、同時にBそのものである。
相入:互いに入り込む →Aの中にBが入り、Bの中にAが入り込む。
一即一切(ひとつはすべて)、一切即一(すべてはひとつ):いつも例にあげている〈米粒は宇宙、宇宙は米粒〉に集約されます。この場合〈相即相入〉は〈世界の構造〉の説明であり、下記で学習した〈事事無礙〉は〈世界の動き〉の説明と言えるでしょう。」
そして「存在=時間」の論理により「時時無礙」が登場します。時間は全て等しい…という不思議な結論です。もっとも存在(事)が全て等しいということも随分な印象ではありますが…。いつもの素朴な例ですが「米粒」には宇宙(全て)が入っており、これまでの宇宙(全て)の結果であり、そしてこれからの宇宙(全て)もそこからすべて出現する…と考えれば、理解できなくはありませんが…。
◆「尽時・じんじ」と「尽有・じんう」
「有=時」(存在=時間)は「事事無礙」であり「時時無礙」でした。すなわち、やはり「〈米粒〉という存在と時間」は全宇宙(「尽時=尽有」)に繋がるのでした。そしてここで《尽時》、《尽有》の概念が登場します。
「《有時》とは、一物一物の《有時》でありながら、しかも同時に、全存在世界の《有時》であるのだ。これを道元は、《尽時》《尽有》という。《尽時》《尽有》が、前に述べた非時間的 ”totum simul*” の時間的現成形態であることは、言うまでもない。そしてまた、その時間的現象形態こそ、まさに「創造不断」でなければならない、ということも。《活鱍鱍地》という言葉には、おのずからにして「時々刻々」の脈動の響きがある。」(同上)
註【totum simul・トータム・シムル】:ラテン語が起源のフレーズで、「全てが同時に」の意味。井筒俊彦は頻用する。「もともと『華厳経』は、仏陀が〈海印三昧〉(sāgara-mudrā-samādhi)といわれる特殊な三昧(観想意識)の深みから語り出したコトバの記録であると伝えられている。明らかに、この異常な比喩言語の底には一つの根源的直覚が働いている。『華厳経』の存在ヴィジョンの哲学といわれる華厳哲学は、この根源直覚を、万有の〈同時炳現〉という形で概念化す。〈海印三味〉ー 波(日常的意識の生起、〈こころの乱れ〉)ひとつなく静まりかえった(〈止観〉の止samathaの形象化)海面の茫洋たるひろがりにも譬えるべき観想者の心の鏡上に、森羅万象、一切の存在者が、ありのままに、一点のひずみもなく、姿を映し出す。存在世界のあらゆるものが、同時に、その真相(=深層)を露呈する。本論の第二部でもっと詳しく論述するつもりだが、まさにtotum simul(〈すべてが同時に〉)の境位、密教の胎蔵マンダラに具現する〈一切一挙〉万物の一挙開顕の観想的風光である。」(同上)
「《尽時》。刻々の時が、刻々に全時を尽す(「十世隔法異成」)。時時無礙的に重々無尽の多層構造をうちに秘めた「現在」(《而今》)が、一瞬一瞬の有無転換を刻みながら遷流して、その度ごとに時の全体を包んで「永遠の今」(nunc aeternum*)である。
註【nunc aeternum】:ラテン語(ヌンク:今、アエテルヌム:永遠)アウグスティヌス(Augustinus・354 – 430年)の言葉。西ローマ帝国時代のカトリック教会の司教・神学者。《永い過去などと言うけれど、過去ったものを「永い」などと言いうるはずはない。これは未来についても同じである。時間の永さなどは、どうしても考えられない。だから、未来というのは「期待」(expectatio)を、過去というのは「記憶」を言っているにすぎない。期待し、記憶しているのは、現在のこの私なのだから、過去というのは、過去の現在であり、未来というのは未来の現在である。つまり、在るのは「現在」(praesens)のみ。このように、時間を計っているのは、私の心の中でのことであるにすぎない。在るのはただ現在というこの時間だけである。しかも在るところの現在、それが永遠なのである。》樫山欽四郎『哲学概説』(アウグスティヌスの時間論)昭和39年・1964創文社
そして、〈現在〉の一念が、時のすべてを尽すということは、当然、それが有(存在)のすべてを尽すということでもある。《尽時》は《尽有》。道元の華厳的時間意識は〈現在〉の一念に存在と時間のすべてを収斂させる。すべての時間単位が相即相入するこの一瞬、それはまた、一切のものがそこで相即相入的に成立する無辺際の存在空間でもあった。《此一念中具万法》(此の一念中に万法を具す)*。存在空間としての〈現在〉は、華厳的イマージュに移して言えば、空に舞う一塵の中に全宇宙が舞い、一花開いて世界開く場所なのである。」(同上)
註【此一念中具万法】:『正法眼蔵』の言葉ではなく、天台系の言葉のようです。此の一念の中にすべての存在(存在が現成する全プロセス)がある。
わかったような、わからないような…という微妙な気分ですが、少なくとも何やら感動的ではあります。おそらく「華厳哲学」の根本思想である「全てが繋がっている」というところに感動しているのでしょう。
ミョウな話の飛び方に思われるかもしれませんが、「有時」(華厳)の時間感覚をともかく学習したせいか…、ちょうど「正月」でもあったので「数え年」のことを思い出しました。「数え年」では、生まれた時が1歳(これには母胎で十月十日生活しているからである…という説があるそうですが)、そして個人の誕生日よりも「正月」という共同の時間を基準に、皆が一斉に1歳年を取ります。個人の誕生日は、さほど重要視されていないことになります。(ここで「個」について欧米との比較等は興味深いテーマではありますがここでは割愛します。)この「数え年」において既に、「個」は単独で成立するものではなく、「共同体・家族等の関係の中」に置かれているように思えます。
蛇足的な比喩をあげれば、仮に「私という個」が「青色」であったとして、しかし、それは他の色との関係において初めて「青」として存在することができます。「全ての他」(全宇宙)との関係を離れて「青」そのものが自立・孤立して存在しているわけではありません。即ち、「私という個」は、「他者や世界」(全宇宙)との関係の中においてのみ成立している、ということになります。
そう考えると、「個」とは関係性そのものであり、孤立や排他ではなく、相互依存以外の何ものでもありません。あらゆる存在が互いに関係し合っているという感覚は、どこか「すべてが友達である」かのようで、嬉しくもあります。別に「救済」も「赦し」も「慈愛」も出て来ないのですが…。
そして、この感覚は、別の観点からは「相対的」であり「唯一の絶対者」を中心に世界を組み立てる発想とは、かなり異なる方向を向いています。つまり「個」のありどころは、幾億幾兆の所謂〈個〉を貫いて結びつけている、その「無数の関係性」(全宇宙)そのものということになります。
さて、「華厳思想」から様々なものに想いが飛び交ってしまいましたが、道元の『正法眼蔵・「有時」』でした。もっとも、その根底には「華厳思想」があるわけですが…。次回はこのコラム読書会『正法眼蔵・「有時」』の続きから。
以上
2025年12月
